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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)4540号 判決 1977年10月26日

主文

一  原告の請求並びに反訴請求はいずれもこれを棄却する。

二  訴訟費用は本訴反訴を通じてこれを二分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告(反訴被告)

(請求の趣旨)

1 被告は原告に対し、別紙物件目録記載の各不動産につきなされた別紙第一登記目録記載の各転抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(反訴請求の趣旨に対する答弁)

1 反訴請求を棄却する。

2 反訴費用は反訴原告の負担とする。

二  被告(反訴原告)

(請求の趣旨に対する答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴請求の趣旨)

1 反訴被告は反訴原告に対し、金四九五万一〇〇〇円とこれに対する昭和五一年三月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 反訴費用は反訴被告の負担とする。

3 仮執行の宣言

第二  当事者の主張

一  本訴請求の原因

1  別紙物件目録記載の各不動産(以下本件不動産という)は原告(反訴被告、以下原告という)の所有である。

2  本件不動産について、抵当権設定者を原告とし、抵当権者を訴外原隆光とする別紙第二登記目録記載の抵当権設定登記及び右抵当権(以下本件抵当権という)を目的として転抵当権設定者を訴外原、転抵当権者を被告(反訴原告、以下被告という)とする別紙第一登記目録記載の各転抵当権登記がそれぞれなされている。

3  しかし、本件抵当権設定登記は、昭和四六年四月頃原告が原に対し本件不動産を担保に金融のあつせんを依頼した際、原との取引実績を装い、また本件不動産の担保価値を実額以上に高く見せることを目的として同人と通謀し、仮装の抵当権設定契約を締結したうえ右登記手続をしたものである。被告はそのことを知りながら原から転抵当の設定を受けたものであるから、原告は本件抵当権が虚偽表示による無効であることをもつて対抗しうる。また、本件抵当権は被担保債権の存在を欠く無効のものであるから、右抵当権を目的とする転抵当権設定契約は効力がない。

4  よつて、原告は被告に対し、本件不動産につきなされた別紙第一登記目録記載の各転抵当権設定登記の抹消登記手続を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因第1、2項は認める。

2  同第3項中、原告と原との間に本件抵当権設定契約が締結された経緯及び本件抵当権が通謀虚偽表示によるもので被担保債権が存在しないことは認めるが、その余は争う。

三  抗弁

1  被告は原に対し、昭和四六年八月二〇日金三〇〇万円、同年八月二二日金八三万一〇〇〇円、同年九月一日金一一二万円をそれぞれ貸付けたが、その際被告と原との間で、右貸金債権担保のため本件抵当権につき転抵当権を設定する旨の約定がなされた。

2  右契約当時、被告は、原告と原との間の本件抵当権設定契約が通謀虚偽表示であることを知らなかつた。

3  ところが、その後原は所在不明になつたので、公示送達の方法により昭和四七年八月、被告は原に対し転抵当権設定登記手続請求訴訟を横浜地方裁判所に提起し(同庁昭和四七年(ワ)第一二一六号)、勝訴判決を得て本件各転抵当権設定登記を経由したものである。

したがつて、被告は善意の第三者であるから、原告はその無効をもつて被告に対抗できない。

4  なお、被告の転抵当権は、右のとおり抵当権の付記登記により公示されているから、これを債務者である原告に対抗するために民法三七六条所定の通知をし又はその承諾を得ることは要しないと解すべきである。

仮に右主張が認められないとしても、被告は原に代位して、昭和五〇年六月二日原告到達の書面で本件転抵当権設定の通知をしている。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁第1項中、被告と原との間に本件抵当権を目的とする転抵当権設定契約が締結されたことは否認する。その余は不知。

2  同第2項は否認する。

3  同第3項は認める。

4  同第4項は争う。

仮に本件転抵当権設定契約がなされたとしても、これを債務者である原告に対抗するためには転抵当権設定者である原から原告にその旨通知がなされるか又は原告がこれを承諾することが必要であるところ、本件においては右通知・承諾がなされていない。したがつて、被告は転抵当権をもつて原告に対抗できない。また、原に代位して抵当権処分の通知をすることは許されない。

五  反訴請求の原因

1  被告は原に対し、昭和四六年八月二〇日金三〇〇万円、同年八月二二日金八三万一〇〇〇円、同年九月一日金一一二万円をそれぞれ貸付けたが、その後昭和四七年三月二一日、同人との間で、原は被告に対し右貸金合計四九五万一〇〇〇円を他の二口の貸金合計三〇万円と併せて同月末日限り支払う旨の裁判上の和解(当庁昭和四六年(ワ)第九二一四号)が成立した。

2  原告は昭和四六年四月頃、原と通謀のうえ、同年四月一五日原から金七〇〇万円を借受けた旨仮装し、右貸付金担保のため本件不動産に抵当権を設定し、その旨登記を経由した。そして原は右被担保債権及び本件抵当権を担保として被告に金融を申込み、本件抵当権につき転抵当権を設定したうえ、被告から前記金員を借受けたものである。したがつて、被告は原に前記金員を貸付けた時点において、原の原告に対する仮装の貸付金債権について法律上の利害関係を生じたものというべく、右仮装債権の弁済期は、被告の原に対する貸付金債権の弁済期と同時に到来するものと解すべきである。

3  被告は右貸付当時、原の原告に対する貸付金債権が仮装のものであることを知らなかつた。

4  その後原は右期限にその債務を弁済しないので、被告は昭和五〇年一一月二六日本件和解調書に基づき、原を債務者、原告を第三債務者として、右貸金債権金七〇〇万円のうち金四九五万一〇〇〇円につき債権差押並びに取立命令(当庁昭和五〇年(ル)第四一二二号、同年(ヲ)第七〇二一号)を得、右決定正本は同年一二月一日原に、また同月四日原告にそれぞれ送達された。

5  よつて、被告は原告に対し、取立権に基づき右金四九五万一〇〇〇円とこれに対する弁済期経過後である昭和五一年三月一七日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

六  反訴請求の原因に対する認否

1  反訴請求の原因第1項中、原に対する貸付の点は否認し、その余は不知。

2  同第2項中、原告が原との間で、仮装の金銭消費貸借並びに抵当権設定契約を締結し、その旨の登記を経由したことは認めるが、その余は争う。

3  同第3項は否認する。

4  同第4項は不知。被告は昭和五〇年一一月二六日被告主張の債権差押並びに取立命令を取得した当時、既に原告と原との間の本件抵当権設定契約が仮装のものであり、差押にかかる被担保債権が存在しないことを知悉していたものであるから、善意の第三者には該当しない。

第三  証拠(省略)

理由

第一  本訴請求に対する判断

一  請求原因第1、2項の事実並びに本件抵当権設定契約が原告主張の経緯で原告と原との間で締結された仮装のものであり、被担保債権たる貸金七〇〇万円が存在しないことは当事者間に争いがない。

二  しかして、前記事実に成立の争いのない甲第一、二号証、乙第五号証、第六号証の一、二、第八号証、証人原隆光の証言の一部及びこれにより成立を認めうる乙第一号証の一ないし三、第二号証の一、原、被告本人の各供述及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  原告は昭和四六年四月頃原に対し、本件不動産を担保に金融機関から金一二〇〇万円の融資を受けることのあつせんを依頼し、金融の便宜を図るため本件抵当権設定を仮装し、同年六月二五日抵当権設定登記を経由したが、その際本件不動産の登記済権利証、原告の印鑑証明書及び委任状等登記関係書類を原に一括交付した。

(二)  ところが原は同年八月頃原告の依頼に反して、被告に対し前記関係書類並びに登記簿謄本を示し、本件抵当権が有効に存在するものとして、自己のためにこれを担保に融資方を申込んだ。そして同月二〇日被告に右書類のほか自己の印鑑証明書並びに白紙委任状等を交付したうえ、本件抵当権を担保とする約定のもとに金三〇〇万円を借り受け、さらに同月二二日及び同年九月一日右約定のもとにそれぞれ金八三万一〇〇〇円と金一一二万円を借り受け、いずれもこれを自己のために費消した。

(三)  被告は原が右貸付金の弁済をしなかつたので、同人に対し転抵当権の設定登記手続を求める訴(当庁昭和四六年(ワ)第九二一四号)を提起したところ、右訴訟手続中に原が原告から本件不動産を買受けたとして、所有権移転登記を経由していたので、昭和四七年三月二一日原との間において、原は被告に対し前記貸付金のほか別口貸金三〇万円、以上合計五二五万一〇〇〇円を同月末日限り支払うこととし、右債務を担保するため本件不動産に抵当権を設定する旨の訴訟上の和解が成立し、右和解に基づき同年五月四日被告は抵当権設定仮登記を経由した。ところが、その後調査の結果、原は登記原因なく本件不動産につき所有権移転登記手続を行つたものであり右登記及び抵当権設定仮登記はいずれも無効であることが判明した。

(四)  そこで被告は、公示送達の方法により原を相手に転抵当権設定登記手続請求訴訟(横浜地方裁判所昭和四七年(ワ)第一二一六号)を提起したところ、原が出頭しないまま昭和四八年二月二七日請求認容の判決がなされたので、右判決に基づき同年六月二一日、本件転抵当権の登記を完了した。

前掲証人原隆光の証言中、右認定に反する部分はにわかに信用できないし、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

右認定の事実関係によると、被告は原に対する前記貸付の都度、本件抵当権を担保とすること、すなわち転抵当を設定する約定のもとに前記金員を貸付けたものであり、その際、その基礎となる本件抵当権が仮装のものであることを全く知らなかつたものと推認できる。してみると、原告は善意の第三者である被告に対し、本件抵当権の無効をもつて対抗することができないというべきである。

ところで、民法三七六条一項によれば、抵当権の処分がなされたときは四六七条の規定に従い処分者において主たる債務者に抵当権の処分を通知し又はその債務者がこれを承諾しなければその処分をもつて債務者らに対抗することができない旨規定されているところ、本件において処分者である原から債務者である原告に対し、転抵当権の設定が通知され又は原告がこれを承諾したとの点については、なんら主張立証がない。

しかし、本件のように原抵当権が仮装契約による場合にはその債務者は正当な債務者とはいえないから、対抗要件を具備する必要がないと解するを相当とする。けだし、民法三七六条一項が抵当権の処分につき通知又は承諾をもつて債務者らに対する対抗要件とした趣旨は、債務者らが抵当権の処分を知らないで抵当権処分者に被担保債務を弁済し、不測の損害を被るおそれがあるので、これを防止するためにかかる通知又は承諾を必要としたものであつて、債務者の利益保護を目的とした規定というべきところ、本件のように虚偽表示による抵当権の場合には、債務者らが仮装の被担保債務を弁済して不測の損害を被るおそれがあるとは考えられないし、また仮装抵当権の処分者がその処分を債務者に通知し又は債務者がこれを承諾することも通常期待できない。しかも仮に右通知を受けて抵当権処分の事実を知つたとしても、仮装抵当権の債務者は虚偽表示の無効をもつて善意の第三者(抵当権の処分を受けた受益者)に対抗しえないのであるから、かかる場合にまで右抵当権の処分につき対抗要件を具備する必要はないと解するのが相当である。したがつて、原告の対抗要件欠缺の主張は採用できない。

三  次に原告は転抵当権の基礎となつた本件抵当権は被担保債権を欠くから抵当権の附従性からして無効である旨主張するけれども、抵当権の附従性は、もともと有効な契約により設定された抵当権が被担保債権の存否により被る影響を問題とするものであるから、本件のように設定契約が虚偽表示により無効である以上、被担保債務との附従性の有無を問題とする余地はない。

よつて、原告の主張は、いずれも失当であつて排斥を免れない。

第二  反訴請求に対する判断

一  原告が昭和四六年四月頃原と通謀のうえ、本件不動産につき抵当権設定を仮装して別紙第二登記目録記載の抵当権設定登記を経由したこと及び右抵当権の被担保債権が存在しないことは当事者間に争いがないところ、その後原が被告から同年八月二〇日三〇〇万円、同月二二日金八三万一〇〇〇円、同年九月一日金一一二万円をそれぞれ借受け、その際担保として本件抵当権につき転抵当を設定したこと、昭和四七年三月二一日被告との間で、原は被告に対し右合計四九五万一〇〇〇円と別口の借用金三〇万円とを併せて同月末日限り支払う旨の裁判上の和解(当庁昭和四六年(ワ)第九二一四号)が成立したことは前示認定のとおりである。

二  しかして、成立に争いのない甲第一、二号証、乙第一〇号証、第一一号証の一、二によれば、昭和五〇年一一月二六日、被告は前記和解調書に基づき原を債務者、原告を第三債務者とし、本件抵当権の被担保債権とされた原の原告に対する貸金債権七〇〇万円のうち、金四九五万一〇〇〇円について債権差押並びに取立命令(当庁昭和五〇年(ル)第四一二二号、同年(ヲ)第七〇二一号)を得、右決定正本は同年一二月一日原に、また同月四日原告にそれぞれ送達されたことが認められる。

三  被告は右貸付当時、本件被担保債権について法律上の利害関係を有する善意の第三者である旨主張するけれども、前示認定のとおり右貸付の時点では、被告は原から本件抵当権につき転抵当の設定を受けたにすぎず、被担保債権についてはなんら権利確保の措置が執られていない。そして転抵当の性質は原抵当権のみをその被担保債権と切離して独立に担保に供するものであるから、転抵当の設定のみをもつて、当然に原抵当権の被担保債権について法律上の利害関係を有するに至つたものとはいえない。

してみると、被告が本件被担保債権についてあらたに利害関係を有するに至つたのは、前記債権差押命令を取得した昭和五〇年一一月二六日であると解すべきところ、その当時、被告は既に本訴において本件抵当権が虚偽表示によるものであり、その被担保債権が存在しないことを知つていたことは訴訟の経緯に徴して明らかであるから、被告が被担保債権である仮装債権の差押につき善意であるとは到底いえない。

したがつて、被告の反訴請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

第三  結論

以上認定説示の次第で、本訴請求並びに反訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(別紙)

物件目録

(一) 横浜市南区別所町字砂押三三番六

一 宅地 一八六・五七平方メートル

(二) 横浜市南区別所町字砂押三三番地

家屋番号同町一三番

一 木造亜鉛メツキ鋼板・スレート交葺平家建居宅一棟

床面積 八〇・九九平方メートル

第一登記目録

(一) 横浜地方法務局昭和四八年六月二一日受付第二八〇二四号転抵当権設定登記

順位番号 乙区四番付記三号

原因 昭和四六年八月二〇日金銭消費貸借の同日転抵当契約

債権額 金三〇〇万円

利息 年一割五分

損害金 年三割

債務者 原隆光

転抵当権者 被告

(二) 同法務局同日受付第二八〇二五号転抵当権設定登記

順位番号 乙区四番付記四号

原因 昭和四六年八月二二日金銭消費貸借の同日転抵当契約

債権額 金八三万一〇〇〇円

利息 年一割八分

損害金 年三割六分

債務者・転抵当権者(一)に同じ

(三) 同法務局同日受付第二八〇二六号転抵当権設定登記

順位番号 乙区四番付記五号

原因 昭和四六年九月一日金銭消費貸借の同日転抵当契約

債権額 金一二〇万円

利息・損害金・債務者・転抵当権者とも(一)に同じ

第二登記目録

横浜地方法務局昭和四六年六月二五日受付第二五五四八号抵当権設定登記

順位番号 乙区四番

原因 昭和四六年四月一五日金銭消費貸借の昭和四六年六月二四日設定契約

債権額 金七〇〇万円

利息 年九%

損害金 年一四%

債務者 原告

抵当権者 原隆光

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